Archleaf

風吹き渡るデッキの家

「路地奥のMicroCosmos(小宇宙)」

2004/京都市/木造3階建て/124㎡

京都の美観地区、建ぺい率60%、敷地面積74.45㎡(22.5坪)という厳しい条件のもと、ビルトインのガレージとプライベートな中庭を持つまさに現代の町家が出来ました。渾身の力を込めて作りました。内在するMicroCosmos(小宇宙)をご覧ください。敷地が狭く両隣も住宅に挟まれており、前の道路も人と車が良く通るので、全てを中庭に向けて開放することにしました。中庭を挟んで前の棟(南)と奥の棟(北)が有り、その間を細く階段で連結した形の、スキップフロアーになっています。狭いけれどもビルトインのガレージが希望だったので、エントランスは思い切って奥の棟にして道路からは格子戸を潜り路地を通って中庭を抜けて入ります。エントランスから下から順にリビングダイニング、ゲストルーム、ドレッシングルーム(浴室ウォークインクローゼット・ドライルーム)、ベッドルームへと、中庭を見て半フロアーずつ上がりながらプライバシーの度合いも上がっていきます。朝は逆に上から下へ、ベッドルームで目覚め、シャワーを浴び、身支度をし、朝食を摂り、出勤するという順序になっています。生活のリズムと建築が呼応しているのです。中庭の上のスカイデッキは半透明なFRPのグレーチングのデッキで、中庭のヤマボウシはデッキの開口から上へ伸びて白い花を咲かせます。狭い街中の住宅地に有ってもプライバシーを守りながら光と風と緑を中庭・スカイデッキを通して充分に感じることが出来ます。
黄昏時の外観
格子戸越しにフットライトに照らされた路地の明かりが見えます。その向こう上部に中庭のライトアップの光もこぼれています。室内の明かりは「ここにもまた一つの人生があるんだ」と当たり前のことを想い出させ、まさに電球の色のような切ない幸福感が胸に疼きます。黄昏時は建築が夜の顔に化ける瞬間です。日中の光では強すぎて透明に思えた光が、束縛から解き放たれ、本来のスペクトルの色で遊びまわります。白い外壁も空の藍色をまとって何ともいえぬ艶っぽさです。
歴史に寄りかからない
現代の京都の町家としての端正なファサード
3階部分は半間セットバックして屋根も壁もいぶし銀のガルバリウム鋼板で覆い、2階建て相当の町家のスケールを保っています。1,2階の外壁はジョリパットの白、エンシェントブリックの粗いこて仕上げです。2階部分の壁のプロポーションや窓の配置は、内部の機能的な要求を満たしつつ、美しいバランスを常に心がけました。3階がドライルーム、2階がリビングダイニング、1階がガレージです。エントランスは格子戸の奥、路地を通って中庭の先に有ります。
格子戸を開けて路地を入っていく
小さな家だけれど、エントランスまでは趣が有ります。思い切って1階にはガレージとエントランスしか部屋を取らなかったことで、こんなにも詩情豊かなアプローチが出来ました。右側のダークブラウンの壁は、隣家の外壁です。もともと、この敷地に建っていた家と棟続きの長屋でした。こちら側を切り取られた外壁はトタンの波板で養生されました。それを直接アプローチの空間の領域界として使っています。町家が取り壊されていく現状ではトタンの波板も京都の街中では良く見かける風景となってしまいました。普段情けないと思っている材料の、愚直な飾り気の無い単調な繰り返しも、脇役としては返って清清しくて、良い見立てができました。
中庭
路地を入っていくと予想もしなかった中庭が出現します。
中庭は8畳の広さ、床は黒御影石張りです。上部は2階のスカイデッキの床で、クリアーのFRPグレーチングで出来ています。当然、雨も降ってきますが、ご覧のように光も柔らかく降り注ぎます。FRPグレーチングの格子に乱反射した光は何とも言えず優しい感じです。1本のヤマボウシが立っています。スカイデッキの床の開口部を貫通して幹を伸ばし2階の高さで葉を広げています。正面奥はエントランスです。
中庭の夕景
エントランスの明かりが点いてないときでもヤマボウシを照らすスポットライトの明かりが優しく誘導してくれます。黒御影石のジェットバーナー仕上げも暗くなると一層豊かな表情を醸し出してくれます。両開きのスチールドアは要所をステンレスで補強して重厚な作りになっています。当初、この北の棟は「蔵」をイメージしました。このスチールドアは「蔵の観音扉」の現代版です。そのまた内側に今度は引き分けのガラス框戸があります。「開」のときはエントランスと中庭を一体に使います。「閉」のときはこのスチールドアを硬く閉ざします。
中庭から路地を振り向く
3枚引き戸はガレージの裏扉です。普段は閉めていますが3枚とも全部引き込んで全開できます。来客のとき、ガレージと中庭も使えば車を2台、縦列で停める事が出来ます。大工さんの倉庫に眠っていた米杉を提供して戴いてこんな良い色合いの扉が安い値段で出来ました。
「石の間」・エントランス(北1階)
床は中庭と同じ黒御影です。壁と天井は鹿児島の火山灰(シラス)を使った「中霧島壁」です。ほぼ6畳の広さが有ります。深夜電力を使った蓄熱式の床暖房を採用しました。ご主人の話では、冬の夜、帰宅した時にエントランスがホンワカと暖かいと、とても気持ちが和むそうです。夏は石の床のおかげで、ひんやりとしてとても快適です。この写真に写っていませんが、造り付けの下駄箱、ワードロ-ブ、デスクがあり、ここではいろんなことが出来ます。この写真はエントランスに入って左を向いた上がり框のところです。
正面は新進気鋭のステンドグラス作家の松本真樹氏によるステンドグラスです。題名は「mix-up」です。左へ折れて階段を上って行くと(ガレージの上)リビングダイニングです。
「木の間」・リビングダイニング(南2階)
階段を上がって最初の部屋です。床は淡いピンク系ブラウンのカバのフローリングです。色がとても気に入って採用しました。壁と天井は「中霧島壁」です。この壁材は調湿作用、風合いとも抜群です。床の木の色以外は白でまとめて存在感を消して広く見せると同時に無垢のフローリングの良さを強調しています。メリハリは設計の肝です。
リビングダイニングからスカイデッキを望む1
左の型板ガラスの引き戸の向こうは階段です。階段の明るさが良く分かると思います。右のテラス窓の外がスカイデッキです。スカイデッキはFRPグレーチングの床で6畳の広さがあります。1階の中庭から伸びたヤマボウシが葉を広げています。1本の木が有ればこんなにも心が和むのかと、私自身も、再発見しました。
リビングダイニングの壁面収納
これは松下電工のキュビオスです。色柄と機能性と価格で造り付けるより有利と見ました。メーカー品は信頼性と機能性が有りますので、デザインが合えば積極的に採用します。既製品の家具でも設計時から考慮して部屋に合わせてることが出来れば、造り付けのように見せることが出来ます。
リビングダイニングからスカイデッキを望む2
スカイデッキのヤマボウシと赤いソファが良く合います。
収納は殆ど造り付けましたので、前の住まいから持ってこられたのはこの家具だけです。
スカイデッキから上を見上げる
スカイデッキは3面が自分の家の壁や窓、もう一面は隣家の窓の無い外壁に面していて、空に向いてだけオープンです。そこに在るのは切り取られた自分だけの空です。狭くても空は空、その開放感は他に比べるものは有りません。
スカデッキ夜景
夜、部屋の照明を落とし、スカイデッキのスポットライトを燈せば、そこには自分だけの小さな深い世界が在ります。焼酎を片手につい夜更かしをしてしまうご主人です。奥にはゲストルームの障子越しの明かりが見えています。このように家の中から、いったん外部を通して、自分の家の窓の外からの表情が見えると、幾重にも奥行きを感じます。小さな家にはとても思えない豊かな空間です。
「草の間」・ゲストルーム(北2階)
リビングダイニングから数段階段を上がればゲストルームです。スカイデッキに面した窓の障子と入り口の引き戸を全て左側へ引き込んだ「開」の状態です。窓の外のヤマボウシの向こうにリビングダイニングの窓が見えています。右側の階段はこのように明るく開放的です。
「草の間」・ゲストルーム
障子と引き戸を全部閉めた「閉」の状態です。
天井には、現しの梁と、その間に障子を嵌め込んだ造り付けの照明があります。スカイデッキ側の南面したテラス窓の障子と呼応しています。落ち着いたひとつの完結した世界です。床は琉球畳で、四周は松の縁甲板です。床の間などはありません。この縁甲板のどこにでも、さりげなく床の間のように飾ることが出来ます。壁は「中霧島壁」です。
階段
ゲストルーム側からリビングダイニング側を望む。
南の棟と北の棟で各階一部屋ずつが在ってスキップフロアーになっています。部屋から部屋へは必ず階段を通ります。だから階段は明るく楽しい場所で無くてはなりません。このように踏み板はナラの集成材の板でシースルーになっていてます。明るく軽い階段を作ることが出来ました。写真には見えていませんが左の面は全部ガラス窓で外にはスカイデッキの緑と光が有ります。
「水の間」・ドレッシングルーム(南3階)
ゲストルームから階段を上ると水廻りの部屋が有ります。ここがドレッシングルーム、左手前がバスルーム、左の奥がウォークインクローゼット、さらに正面奥にドライルームが有ります。洗面カウンターは約3mの長さの人工大理石です。カウンターの奥は洗濯物を畳んだり、アイロンを掛けたりする家事スペースです。写真奥のドライルームで洗濯をして、干して、アイロンを掛けて、畳んで、仕舞う、着替える。一連の関連した動作がここで完結できます。
ドライルームのランドリーコーナー
ドレッシングルームの長い洗面カウアンターの延長線上にドライルームのランドリーコーナーが有ります。洗濯機の横にユティリティー流しがあります。ここで汚れがひどいものは下洗いが出来ます。
ドライルーム見上げ
南面して大きな開放できる窓(左のロールスクリーンの部分)と大きなトップライトがあります。床は外部用のノンスリップ長尺ビニル床シート、壁と天井はプラスターボードにVP塗りです。完全に屋外使用となっています。東西の壁に風を抜くための小窓も1ヶ所ずつ有ります。洗濯物を干したまま外出できます。外よりも良く乾きます。給気口と換気扇も設置しています。
バスルーム(南3階)
シンプルなユニットバスです。大きく開いた窓はプライバシーの有るスカイデッキ側に面します。開けていても覗かれることはありません。空に近い開放感のあるお風呂はとてもリラックスできます。
浴室の窓からスカイデッキを見下ろす
階下の正面のガラス窓は北2階のゲストルームです。その外の広縁風ベンチは米杉で作りました。そのまた下のエントランス入り口の庇の代わりにもなっています。
階段
スカイデッキを見下ろしながらさらに4段上がるとベッドルーム(北3階)です。(プライベートルームのため写真はありません。)このように階段を上がり降りするたびにスカイデッキのヤマボウシを眺めることが出来ます。明るい楽しい部屋の移動です。知らない間に結構運動しています。現場監理中、恥ずかしながら足の筋肉が張っていたことが有ります。
ベッドルームからスカイデッキを見下ろす
透明感のあるFRPグレーチングの気持ちのよさは他には有りません。左はガラスを嵌めた木製の手すり、正面はリビングダイニングのテラス窓、右は階段の窓です。このクリアーなFRPグレーチングは設計当初に見本を取り寄せ、その素材感にクライアントともども惚れ込みました。この材料が無かったらこの家は出来なかったと思います。
屋上のルーフバルコニーからの眺め
北3階のベッドルームの上が、広さ5畳のルーフバルコニーです。ここからは「大文字」がみえます。着工前に隣家の屋根まで登らせてもらって確認しました。場所の持つ特性は全て最大限に生かします。写真には写っていませんが床はFRP防水の上、ウエスタレッドシダーのウッドデッキ敷きです。「ビールがうまい?」言うまでも有りません。